SHIJAKU KATSURA TOSHIBA EMI LIMITED, JAPAN. PRICE: \2,300

 『鴻池の犬』。東芝EMI社製、日本。価格:2300円。これは上方落語の爆笑王、故桂枝雀が演ずる落語のCD『枝雀落語大全第七集』にある犬が主人公の噺です。まずはこの落語『鴻池の犬』のあらすじをお話ししましょう。
 船場(大阪)の南本町の池田屋という店の前に三匹の子犬が捨てられていました。見かねた店の主人が三匹とも面倒を見ることにします。犬の三兄弟はそれぞれ、クロ、ブチ、シロと名付けられ、すくすくと育っていきました。店のみんながやっとやんちゃな子犬たちの世話も慣れてきたころ、あるひとりの男が、クロを譲ってもらいたいと訪れ、主人も快く譲ることにするが、その男はよい日を選んであらためて来るという。そして数日後その男がたいそうな手土産を持って、クロを引き取りに来ました。たかが捨て犬をもらうのにたくさんの品物を持ってきたその男に、正直者の店の主人は逆に腹を立て、クロを渡さないと言いますが、よくよく事情を聞くと、その男の人は大阪一の大富豪、鴻池善右衛門の所の手代(番頭)で、最近鴻池の息子さんが可愛がっていた黒い犬(これもやはり名前がクロ)が死んでしまい、代わりの黒い犬を何匹連れてきても、「これはクロじゃない!」と言い、ショックで病気にでもなられたら困ると、必死に探していたところ、クロと瓜二つの犬をこの店で見つけ、お願いしたのだというのです。その話に主人も納得し、クロは鴻池にもらわれていくことになりました。その後クロは元気に育ち立派な黒犬に成長し、「鴻池のクロ」といえば知らないもの(犬)はいないほど、船場一帯の犬の大将にまで出世しました。そんなある日、一匹のやせ衰えた病気の犬が若い犬に吠えつかれ、鴻池の大将クロのところに逃げてきました。そのみすぼらしい犬を助け、話を聞いてみると、その犬はなんと子犬の頃別れた三兄弟の末弟シロだったのです。さらに話を聞いてみると、真ん中の弟(ブチ)は車にはねられて亡くなってしまい、シロだけが飼われていたのですが、拾い食いや盗み食いの味をおぼえ、病気になって野良犬にまで落ちぶれてしまったというのです。久しぶりに再会した兄弟。クロはその後シロの面倒をみる、という噺です。
 さてこの落語の演者である桂枝雀さんは、上方落語を全国的な爆笑落語にまで高め、「爆笑王」の異名をとるまでの人気落語家でした。独自の言葉の言い回しとオーバーな仕草という個性的な表現者である一方で、理論派でもあり、常に新しいものを求めるとてもクリエイティブな落語家なのです。その彼が取り組んだものの一つが古典落語を英語で語る「英語落語」。彼はその「英語落語」で精力的に海外公演も行い、さらには彼の落語が英語の教科書にまで取り上げられました。しかし彼の最後はとても悲しいものでした。枝雀さんの才能を支えたのは繊細すぎる感性。若い頃から“死ぬのが恐い病”と自らが語る「うつ病」と闘い、平成8年には、糖尿による高血圧症を患い、入退院を繰り返し、9年秋以降は、一線から遠ざかっていました。そして平成11年(1999年)自殺未遂をはかり、37日後の4月19日、心不全のため亡くなられました。
 枝雀さんはとても犬が好きだったようで、彼の本の中で自分の犬との思い出を書いています(このCDの『鴻池の犬』のマクラ【落語本編に入る前に話す前フリ】でも話しています)。最初に飼ったのが毛の長い白い大型犬(雑種)、エルで、小学校の頃は三輪車をエルに引っ張ってもらってよく遊んだそうです。二代目の犬、コロは義兄が飼っていてジステンバーで亡くなってしまってあまり思い出がないそうです。三代目はボビー。これは彼のお姉さんが飼っていた犬で、落語家になりたての若い頃、酔っぱらってお姉さんの家に行って、よくボビーとふたりで夜中語り合ったそうです。枝雀さんはボビーに「なァボビー。おまえは犬でわしゃ人間や。犬と人間は近いてなこと言うさかい、次の世では人間になれるかもしれんなァ・・・来世でおまえが人間になったら、また大いに人生について語り合おうじゃないか!」と言っていたそうです。犬とのこんな会話にも枝雀さんの繊細でやさしい感性を感じます。
 落後に登場する動物ではやはり狸と狐が多いのですが、犬が主人公の噺がいくつかあります。そのうちの一つが、この枝雀さんの話ではないですが、『元犬』。まさに題名通り、白い犬が人間になっておかしなことをやらかすお話です。江戸時代白い犬は神様に近いとされていて、白犬は、生まれ変わったら人間になると信じられていました。そのほかにも、目を患った男がやぶ医者にかかり、その医者が男の目をくりぬききれいに洗ったが、ふやけて元の穴に収まらないので、ひなたに干していたら犬が食べてしまい、しょうがないのでその犬の目をくりぬき、患者の男に犬の目をはめるというずいぶん乱暴な『犬の目』という噺などがあります。犬たちはいつの時代でも私たちの一番身近な存在だったことが、落後の世界を見てもわかります。
 ところで皆さんも枝雀さんと同じようなこと、やはり考えますよね、来世でもまた愛犬に会いたいって。袖振り合うも多生の縁。私も必ず会えると信じています。





これは雑誌『DOG days』Vol. 17 (2003年11月発行)に掲載されたものです。

『犬物商品文化研究所』は1995年1月から雑誌『WAN』(ペットライフ社刊)に5年間(60回)連載しました。
その後、雑誌『DOG DAYS』にパート2として2001年1月から連載がはじまり、現在も連載中です。